■人形に「◯◯れた」監督・・・戦慄するスタッフたち

変形「人形ホラー」でもある本作。人形に関しては撮影中の逸話がある。
夜の森で人形映像を撮っていた最終日のこと。人形が大量に詰め込まれたカゴに手を深く入れた川松監督が闇の中で鋭く叫んだ。籠から引きずり出された監督の左手薬指の腹に、深く長い傷が出来ていたのである。出血がかなり酷く、辺りの地面が瞬く間に赤く染まる。制作担当の細谷光がすぐに応急処置をし、大事には至らなかったが、スタッフが何度探ってもカゴには刃物など見当たらなかった。
監督が零した「・・・人形に噛まれたかな」の一言に、スタッフ一同凍りついたことは言うまでもない。
人肉の味を覚えた人形たちは今、監督の実家の押し入れに眠っている。公開記念イベントで、再び外気を吸う日を夢見ながら・・・。

■日本映画に遂に生まれた「真の闇」

序盤のクライマックスともいうべき、健二が真夜中の森に侵入していくシーン。
通常映画の撮影においては「真っ暗な森」を演出する際でも照明を焚き、周囲の情報を観客に見せる。(『死霊のはらわた』『ぼくのエリ』などの森を思い出して欲しい)
川松監督は言う。「それがずっと不満だったんです。夜の森や廃墟に実際に居るときの恐さを伝えたい。自分のすぐ脇の状態もわからない、パニック寸前の狼狽を」。それを受けた照明・藤森玄一郎はこの挑戦を受け入れ、主人公が手に持つLEDライトのみでの撮影を敢行。LEDで蒼く浮き上がる小野塚勇人の顔。そして人形の死体。本作のイメージ・カラー「蒼」は、そうして生まれていったのだ。
本作の闇、それは監督が幼い頃から嗜好してきた初期ルチオ・フルチ映画のそれを思わせる。どろっとした、限りなく固形に近い闇。そこに絡め取られたら、二度と出て来れないような―。

■芝居を堪能するホラー映画『丑刻ニ参ル』

この映画は、孤独な人間についての物語である。誰とも目を合わさず生きる健二、そして孤独であることを強いられた「丑刻の女性」。
健二はそのラスト、身を持って丑刻の女性の苦しみを味わうことになる。そして更に、自分と美穂が生きるために、自身も鬼になろうとする。(このシーンでの小野塚の芝居には川松監督も「現場で見ていて全身の毛が逆立った」と述懐している)しかしそれは果たせないのだが―。
汚された町で生きていくことを決意した健二の表情は、それまでにないほど穏やかに見える。それは諦めなのか、それとも、強かに生きていく生命力なのだろうか。
実に3ヶ月以上のリハーサル期間を設けた本作は、珍しい「俳優の芝居を堪能する」ホラー映画となった。川松監督は自伝的要素の強い本作のため、小野塚・恒吉・白須と何回ものセッション、打ち合わせを重ねた。そしてそれが結実したクライマックスの撮影では、何度も涙を流しながらモニターを眺めたという。

■ホラー表現に隠された本作の「メッセージ」

かつてホラーとは、誰もが目をそらすような(もしくは、時の権力者によって封じられた)今日的な問題を「B級映画」の皮を被ることで提示するジャンルであった。例えばウェス・クレイヴンの『エルム街の悪夢』であれば、親の世代が行った罪によってその子供たちが苦しむ、という構造。またジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』では、大量消費社会に盲目的に従う米国人をゾンビという意志のない怪物の姿で風刺してみせた。さて、『丑刻ニ参ル』の中には、3.11以降の日本を生きる我らの剥き出しの不安、そして現代日本が徐々にメディアの表舞台から消し去ろうとしている誰かの存在が息づいている。監督、川松尚良が選んだその結末は必然なのだ。何も終わっていない。恐怖は今から始まるのだから。
「ホラー映画にしか出来ないことが、いよいよ生まれようとしている」と、川松監督は険しい顔で語ってくれた。

■古人形群、謎の木槌、不気味な仮面。本物にこだわった小道具たち!

『葬儀人 アンダーテイカー』では自ら美術を手がけ、ハリウッドの映画祭で美術賞を受賞した川松監督は今回も自ら美術品を制作。廃墟の奥深くに眠っていた謎の古人形群を貰い受け、それを生木に打ち付けるなど鬼気迫る熱量で本作のヴィジュアルを創り上げた。また、丑刻の女の武器ともなる異様な形状の木槌は、さる豪農の倉に江戸時代中期より保管されていたもの。その本来の用途は今となっては不明だという。「本物」の歴史を湛えた小道具たちが誘う本作が、またも世界の映画祭を騒がせることは必至だ。

■風光明媚な歴史の街、神奈川県藤沢市で行われた撮影

本作はその90%が川松監督の故郷、神奈川県藤沢市での撮影となる。
脚本上ほぼ全編が夜シーンであり、実際の夜間撮影に拘った川松監督の指示のもと、撮影は連日午後〜翌日の朝までという強行軍となった。まるで魔物の胎内にいるような錯覚を覚える丑刻の森シーン、人っ子一人歩いていない広大な国道をひたすら逃げていく圧倒的な絶望感などはそうして造り上げられていった。
監督自らの地元であるという地の利を生かし、ロケーションはほぼ全て映画初使用となる。主人公が働く巨大リサイクルショップ、ぬめぬめとした地下水が車道を濡らす大型トンネルなど、目を見張る様な新鮮な恐怖ビジュアルが展開していく。

■宣伝ビジュアル写真には写真家、ハヤシアキヒロ氏が参加!

モデル、女優、芸人―これまで一万人以上の「人」を撮り続けて来た写真家ハヤシアキヒロ氏が脚本に惚れ込み、宣伝ビジュアル、ポスターアートなど総合的に本作の写真を撮影!川松監督の情緒溢れる恐怖世界観との相性も抜群で、日本ホラー映画としては初の映画×写真のコラボ写真展までも開催する運びとなった。
写真展ではケンジ=美穂の心情を別の視点から写し取った作品、丑刻の女性の哀しき日常を垣間見ることが出来る作品など、劇中で描かれなかった本作の深みを更に知ることが出来るハヤシアキヒロ作品を展示。また、写真展の会場には本作らしい「恐怖を肌で体験」できる仕掛けも施される。会期中はハヤシ氏、川松監督を始め、キャストの面々も来場し、映画の魅力を伝える。

■全編を彩る音楽は『着信アリ』の松田純一氏!

Jホラー屈指の傑作としてハリウッドリメイクもなされた『着信アリ』。そのテーマ曲とも言える「死の着信メロディ」を作曲した松田純一氏による本作の音楽。圧倒的不安感を誘う恐怖曲を聴かせる一方、健二の生きる日常を彩る哀切かつ美しい旋律も聴き所。単なる恐怖映画ではなく、この絶望的な世界を覆う哀しみに対するレクイエムとでも言うべき本作のメッセージ性を見事に浮き上がらせている。オリジナルサウンドトラックも発売予定!