あの晩、僕は逃げていた。



彼女から、家族から、友人から、夢から。そして、自分自身からも。

ある真冬の夜、脚本家を目指す青年・健二が自転車で通りがかった人気のない林道。絡まり合う木立の向こうに、彼は見てしまう。狂おしい憎しみを込め、五寸釘を人形に打ち込む白い女を。
一旦はその場を逃げ出したものの、健二はふと思う。
「あの恐怖を、もっと深くまで知って脚本にしたらーもしかして、誰も書いたことがないものが書けるかも知れない」
林道に舞い戻った健二は、静まり返った森の中へと入り込んでいく。その奥に待つのは、かつて誰かが打ち付けた無数の人形と、青白く、一際多くの人形をまるで奇妙な果実のようにぶら下げた大木だった。
そして、森の奥から聴こえて来たのは、おぞましい息づかいと枯れ葉を踏みしめる足音・・・!



健二の眠れない夜が始まった。

オレンジ灯が照らす国道、山を貫くトンネル、神社脇の交番ー言葉もなく、女は一心不乱に健二に追いすがる。





通りかかった車の運転手も、警察官たちも、友人たちすら健二を助けようとはしない。それどころか、まるで女の操り人形にでもなったかのように、奇妙な姿勢で健二を追い始めたのだ。そして・・・遂に健二の部屋の住所が女に知られてしまう。
今、部屋には恋人の美穂がいるのだ。心を病み、健二の帰りを待つ美穂が。
やがて健二が知る、女の抱いた憎しみの回復しようのない大きさ、誰もが目を逸らし続けるこの街の過去―!

間もなく朝陽が昇る。

健二と人形たちの「鬼ごっこ」は、絶望的な終局を迎えようとしていた。